『 傷 』












ふと目が覚め、手を伸ばすとそこには確かな温もり。
もう二度と手離すことはできない大切な……


「モネ…。」


その温もりの主をぎゅっと引き寄せる。
温かい……。
気を良くしたのか、色々なところを撫で回し始める。

鼻をくすぐる金木犀の香、絡み付く長い髪。
離れたくないくらいに心地が良い。

悪戯をしても一向に起きる気配が無い。
敵襲にあった場合はどうするのだろうか、と考えたりもしたが今は好都合だ。
今はただこの娘に触れていたいだけなのだから。

くすぐったいのか、時折漏れる鼻にかかった甘い声。
調子に乗って下半身にも手を伸ばす。
太ももの内側に触れ、その奥に……

はっとしたように、手を止め桃音から少し体を離す。強固な理性が働いたらしい。
やはり寝ている相手に手を出すのは良くないと思ったのであろう。


「もうやめちゃうの…?」

「・・・いつから起きていたのですかな?」

「んーとね、ぎゅってされたときから〜」


溜息をつき、抱きしめる。要するに桃音は狸寝入りをしていたのだ。


「まったく…何故寝たフリを…」

「だって、りょーちゃん可愛いんだもん」

「………。」


漢に向かって可愛いとは・・・。
再度溜息をつき、眠りに付く。



翌朝、桃音が起きると張遼の姿は無かった。朝早くに宮中に向かったらしい。
起こしてくれなかった事にむすぅっとしながら急いで支度をして屋敷を出る。


「寒っ……」


辺りを見渡すと一面真っ白な雪景色だった。
これなら転んでも痛くないと、少し外れた事を考えながら宮中へ急ぐ。

大体どこにいるのか見当も付いている。


「やっぱりいた!」


見つけたのは鍛錬場。武を極めている張遼は毎朝欠かさず鍛錬しているのだ。

軽装具をつけ鈎鎌刀を持ち張遼の元へ駆け寄る。


「張将軍、お相手願いたい。」

「遅かったのだな、モネ。さあ、参ろうぞ!」


目と目で合図を送り、鍛錬場に金属がぶつかり合う音が響き始める。
その音を聞きつけ、他の武将たちも集まり始めるのだった。
桃音の方が少々優勢だった。
威力は劣るが疾風姫と謳われるだけあり、素早く的確に繰り出される。
我流だった動きが張遼をはじめとする一流の武将から学ぶうちに、よりいっそう磨かれていったのだ。

しかし、まだ歴戦の将である張遼と同等とはいえない。荒削りなのだ。


「まだまだですな。」


一瞬の隙をつき、刃が桃音の首すれすれで向けられる。

もしここが戦場ならば確実に首が飛んでいた。
いくら鍛錬だとはいえ真剣でするのだから、隙を作ることは許されない。

桃音が魏軍の武将になり早2年経とうとしているが、武将として不安に思えることが幾つもある。
何度か戦にも出陣しているし、かすり傷一つ追わない程の腕前ではあるが…

どうしようもないほどに襲い掛かる不安。


結局この後もしばらく続けられた鍛錬だが、桃音が勝つことは無かった。
まるで昨夜の仕返しとでもいうかのように。




その日張遼は心がざわめいていた。落ち着こうにも落ち着けない。
鍛錬を共にしてますます強くなる思い。

本心としては桃音に将を辞めて欲しいのだ。
だが、そんなことを口にしようものなら、桃音は此処を去っていってしまうかもしれない。

武を買われ命拾いした桃音。
今でも賊の頭の心配をしている桃音。

あんな迷惑ばかりかける娘の何処が良かったのだろうと、思ってしまう己がいる。
それでも、傍から居なくなってしまうのは嫌なのだ。

しかし…万が一のことがあったならば……
不安が襲い掛かってくる。


と、そんな時


『ガッシャーン』

「きゃぁー……。」


……なんの音と声なのか予想が簡単に付き、声のする方へ向かう。
案の定桃音と音の主であろう茶器の残骸が散らばっていた。

張遼の姿が目に入ると泣きそうな声で謝る桃音。
そんな桃音の頭をぽんぽんとあやすように手を置く。
見ると片付けようとした時に破片で切ったらしく、指から血が流れている。

女中に片付けを頼み、椅子に座らせるとぱくっと指を咥えた。


「やぁっ・・・」


結構深かったらしく血が更に溢れ出す。
独特の味。


…張遼に指を舐められると頭がぼうっとしてくる。
このままこの身を任せてしまいたくなるようなそんな衝動に駆られる。


調教の賜物、とでもいうべきか。
ほぼ毎晩といっても過言ではない位夜を共にしているのだから。
もう張遼なしでは生きていけない身体・・・。


そんな桃音をよそに手当てに精を出す張遼。


「さて、これでもう大丈夫ですな。」


にっこりとした張遼の顔が目に入る。

気付くと指は張遼の口ではなく、布に巻かれていた。


「…手当て、早くなったんだね。」

「毎日誰かの手当てをしていますので。」

「……僕だって好きで怪我してるわけじゃないもん。」

「好きで怪我されてたら堪りませんな。」

「……。」


まっすぐな張遼の瞳。


「本当はこんな小さな傷でさえ私は嫌なのだが・・・。」


びっくりして瞳をまんまるに見開く桃音。


「本当は…モネ、将を辞めて戦場に行かないで欲しいとすら思っているのだから。」

「……っ」


立ち上がり逃げるように部屋を出ようとするが、腕を張遼に掴まれてしまう。


「モネ・・・。」

鬼人と呼ばれる張遼がこの娘のことだとこんなにも弱々しくなる。
一切避けてきた恋。
脇目も振らずに己の武の道を突き進んできたのに・・・

「私は…そなたを失いたくないのだ…」

搾り出すような精一杯の声で、伝えられた言葉
揺れ動く心を必死に抑えながらも、掴まれている腕を解く。

「……ごめんなさい。

 手当て、ありがとう。」


無理矢理な笑顔でそう言い残し、部屋を飛び出してしまう。


残ったのはやりきれない張遼と茶器の残骸だった。















続く




















なんだか最初とちょこっと話が違ってきていますがお構いなしに進めていきますv 張遼と桃音の恋の行方はどうなるのでしょうか。 この続きは年明けになってしまいそうです。